光明の魔女  6.月光の真実




「本来だったら他の者に聞かれたくなかったんだが・・・」

早々と紅茶を持って戻ってきた男を見、王子は遠まわしに出て行けと言った。

「オーソドックスにダージリンティーです。 お代わりもありますので必要だったら言って下さい」

王子の言いたい事をしっかりと理解しときながらも、 出て行く気はないとアピールする。
こいつは何を言っても出て行くきないなと溜息を吐いた。

「さあ、私も暇じゃないんですからさっさと済ませて下さい」

話を聞いていると、王子よりあの男の方が偉そうだ。
何だかやり難い男。
だんだん王子の方が可哀相に見えてきて、 苦労してるなと哀れみの目で王子を見つめると、 王子はまた深々と溜息を吐いた。
心労で倒れそうな王子・・・この国の将来は大丈夫なのだろうか。
私にとってどうでもよかった国の未来についても、ついつい心配してしまう。

「今出回っている光明の魔女の話は、真実ではないな」
「だが全くの嘘ではない」
「そうだな」

王子はソファーに背中を預け上を見上げる。

「少なくとも最後は嘘だ。 光明の魔女が拒んだのではなく、王子自身が許せなかった」
「知っている。 本人に聞いたからな。光明の魔女を愛して故に、 間違って捕縛してしまったのを許せなかったと。 でも光明の魔女はそんな事気にしないでと微笑んだんだ。 それでも、彼は決して許さなかった。 私にはどうしてそこまで頑なになるのか分からなかった。 いや、今でも分からない」
「俺には分かる気がする。 捕縛と言うより愛するものを一瞬でも疑ってしまった自分が許せないんだと、俺は思う」
「・・・そう。 でもそれは彼女の命より大切な事だったのだろうか」
「如何いうことだ?」
「伯爵に頼まれ息子の容態を見た時、彼女は秘かに神に許して欲しいと懇願していた。 本来なら神に頼みごとをするなんてありえないこと。 神は気まぐれで気にくわなければ殺されるから。 精霊と契約してようと力の差は歴然としていた。 当然の如く彼女は神の不興を買い神に命をジワジワと吸い取られていた。 唯この神はこの国にしか力は及ばないかった。 だから私は国を出ろと言った。 だが彼女は光明の魔女として国から出る事は出来ないと、頑として動かなかった。 光明が邪魔なら私が後を継ぐと、強引に光明の魔女から解放させた。 それでも彼女は彼の国で死にたいと言い国から出なかった。 私は必死に彼女を連れて一緒に国を出てくれと王子に懇願した。 でも彼は答えず、時は刻々と過ぎあっという間に彼女は死んだ」

王子はルーチェの悲しみにくれた瞳を見、いたたまれない気持ちになった。
間近で見てきて彼女は彼女なりに、今まで苦しんできたのか。
だからこそ、かの王子の意志は正しく伝えないといけない。

「彼は何れ国を背負わなければいけない身だった。 兄弟がいなかったからな。 それでも国を捨てて彼女と逃げようと何度も思ったが、 その度に彼女の言葉を思い出し、留まったそうだ。 彼女は彼に、 国民の事を考えている貴方が何より輝いていて大好きよと言ったそうだ。 王子は王子で苦しんでいたと思う。 俺が同じ立場だったとしても、 国を捨ててまでも一緒に逃げたかもしれない。 でもそんな事すれば彼女は見限っただろうな。 彼女が何より好きだのは、自分の事より国を優先させる優しい王子だったのだから」

瞳が揺れ、普段のルーチェからは考えることが出来ないほど取り乱し、声を荒げた。

「だとしてもあんな死に方よりましだ! 彼女は、彼女は苦しみにもがき、とても見ていられない酷い姿で死んでいった!! それでも尚、神の怒りは治まらず魂を粉々にされた。 普通だったら輪廻転生して生まれ変わってくるのに、 もう二度と彼女は生まれ変わることもなければ、存在すらしない」

ルーチェはの瞳は今にも零れ落ちそうな程涙を杯溜めていたが、 決して流さない。
まるで泣くことは許されないという様に。
その姿は痛々しく、王子は今すぐにもぎゅっと抱き締めたくなったが、 今彼女には抱き締めるやる事より話を聞いてやる事の方がいいとのだと、 自分に言い聞かせぐっと我慢した。

「でも彼女は“この出来事を物語として語って欲しい” “私の魂が砕けても王子を愛したという証を残して欲しい” と最後まで彼を愛し続けた。なのに彼は!!」
「他の女性と結婚し、子供をなして幸せそうに暮した」
「っ・・・」

淡々と語る王子に対してルーチェは顔を歪め、唇を噛む。

「と言われているが実際は幸せとは程遠い生活だったらしい。 望んだ結婚ではなかったし、 愛を交わしたのもたった1回だけ。 そして彼は赤ちゃんが男だと分かると直ぐに自害したそうだ」
「っ!?そ、そんな自害だなんて・・・」
「だろうな。 此れは歴代の王しか知りえない事だろうし。 彼が直々に隠すように言ったらしく、表沙汰では病死になってる」

王子の目はお前はそう聞いていたんだろうと語っていた。
ルーチェは震えている手を握り締め、目を伏せた。

「死んだと知った日から彼は、死んだ魚の様な目をしていたらしい。 彼女が死んだ日に彼の心も死んでしまったのかも知れないな」
「私はてっきり、幸せに暮していたと・・・」
「だから王子が・・・王族が憎いか?」
「・・・正直言うと分からない。 王子自身は嫌いではなかったし、 結婚だって仕方ない事だとちゃんと分かっているんだ。 だから憎くはないが、 自分自身を顧みず人助けばかりしていたと言うのに、 光明の魔女だった彼女には、 その光が射さなかったような気がしてならない。 そう思うとやり切れないんだ」

何処か虚ろな瞳。
今にも消えてしまいそうなルーチェはを王子はギュッと抱き締めた。

「彼女はちゃんと幸せだと思っていて、 これは私のエゴかもしれないけど、 私は・・・親友として幸せそうな最後を迎えて欲しかった」

一滴の涙が零れ、震える小さな声が響いた。