光明の魔女  2.燐光の事実




「悲しい物語だね。ねえ、この話ってルーチェの過去の話なんじゃないの?」

少女の鋭すぎる言葉に目を瞠る。

「如何してそう思う?」
「だって伯爵との話がやけに細かい様な気がするんだもん」
「・・・」

頭のいい少女だ。
話していて楽しいと久々に感じる。

「それにこの話本当の事じゃないんじゃない?特に最後の方、 細かいとこがないし展開が早過ぎてとってつけた感じがする」

彼女は後に聡明な女性になるだろう。
光明の魔女の後継者としては惜しい存在。
だが頭が良すぎるというのも考え物かもしれない。

「そう、これは途中から捏造された話」
「やっぱり」
「だがこれは物語だ。物語とは想像上の話の事」

少女の目が悲しそうに揺れるのが見えた。
この優しい少女にとってこれは想像上の物語でいい。
真実を知る必要はない。
傷つけたくないとルーチェは思った。

「でも」

現実で起きた事でしょと少女は言いたかったが、 ルーチェの泣きそうな顔を見て俯き言葉を飲み込んだ。
やはりこの話はルーチェ本人の話だったのかも知れない。
あまり踏み込んではいけないかったんだと少女は後悔した。

少女が唇を噛み締めるのを見たルーチェは、 少女の頭を優しく撫でた。

「確かに私は光明の魔女。でもこの話は私の先代の物語。 私にも本当の事かは分からない」
「そうなんだ」

少女は私が魔女だという事に驚くこともなく、 まだ不満げそうに私を見上げた。
曇りのない綺麗な瞳。
少女にだったら少し、事実を教えてもいいかも知れない。
思った瞬間決してシンプルとは言い難いピアスが熱を帯びだした。
いや、教えなければいけないのかも知れない。

「この物語の中盤、伯爵との話から大分脚色されている」

ルーチェが話し始めると少女は真剣な表情で聞き入った。
真剣に聞くのではなく気軽にちょっとした話として聞いて欲しかったのだが、 少女にとって光明の魔女の話は特別な話の様だ。
目が物語っていた。



ある日、噂を聞きつけてとある伯爵が光明の魔女を頼ってきました。
男は息子の様子が可笑しいのだと言います。
光明の魔女は早速治療しに行き、見たものはとても酷いものでした。
いきなり呻きだしたり、 訳の分からない事をぶつぶつ言い突然暴れだすと言う状況でした。
光明の魔女は一瞬見ただけで目を伏せ、治せないと言いました。
ですが納得できない伯爵はいくらでも金は出すと食い下がりました。
光明の魔女は私にはお金など何の意味もありませんと言います。
全部お金で片付くと思っていた伯爵は、慌てて地位も用意すると言いますが彼女は首を振るばかりでした。
金も地位も用意すると言うのに、 一目見ただけで近寄りもしない彼女に伯爵は激怒し、今すぐ出て行けと言いました。
それでも光明の魔女は静かに其処に佇み、伯爵を見つめ続けていました。
何時も笑顔だと噂だった彼女が無表情に見つめてくるのに気づいた伯爵は眉を顰め、 怪訝にそうに問いました。
だったら診察でも、いや病名でも教えてくれと。
光明の魔女は悲しげに此れは病気などではありません、 神による恐ろしい神罰だと言いました。
伯爵は神、神罰と怪しそうに聞き返します。
光明の魔女は頷き、それ故に私は此処から近寄る事も、 治す事も出来ないと言うのです。
だが私は何も神にあだなす事はしていないと反論しました。
いいえした筈です、でなければと光明の魔女は言葉を濁してしまいます。
だったら何をしたと言うんだとまた怒りに任せ怒鳴り散らしました。
光明の魔女は言えないとばかりに首を横に振ります。
言えないとは本当は神なんかいないからじゃないかと、 伯爵は益々怒気を強めて怒鳴り散らしました。
もう光明の魔女は黙り込んでしまって何も言いません。
唯最後に息子さんが大切なら爵位をお捨て下さいと言い残し去っていきました。
この国では精霊は信じられていても、神は信じられていませんでした。
その為詳しくも話さないで唯、 神の怒りやら爵位を捨てろなど言われて逆上し怒り狂った伯爵は周りに嘘の噂を流したのです。
光明の魔女は横暴で陰険、治療費として無理難題を吹っかけてくると。
勿論、治療して貰った者など光明の魔女をよく知っている者は皆違うと首を振りましたが、伯爵は権力でもみ消してしまいます。
悪い噂とは広がるのが早く、あっという間にこの国に知れ渡ってしまいました。
そして伯爵はそれだけではまだ怒りは治まらなく、 何と王に光明の魔女に息子を呪われたと嘘を付いてしまいました。

その後、王子により捕縛され数ヶ月牢に入れられましたが、 誤解だと分かり釈放されました。
光明の魔女に治療してもらった村人達が、 噂は全くの嘘だと王子に必死に直談判してきたのです。
光明の魔女が治療を拒んだのは全て、 地位が高く権力を翳し村人達を苦しめていた者や悪事を働いていた者達だったのです。
王子は噂の元を辿ると全部貴族達で、 訴えて来たのも彼らでした。
王子はすまないと謝罪しましたが、光明の魔女は決して許しませんでした。 私がいない間に来た人達は困ったでしょう。
困っただけならいいですが、 治療が受けられなく死んでいたら如何するのですと言うのでした。

光明の魔女は家に帰り数日後、安らかに息を引き取りました。
その際に光明の魔女は遺言としてこの話を語り継いで欲しいと願ったいました。
それも自分を悪者にして語って欲しいと。



一旦言葉を切り、如何しても私情が入ってしまうなと苦笑した。
幸い少女には気づかれなかったようで、考える様に首を捻っていた。



今では何故光明の魔女はこの話を残したか分かりません。
後に光明の魔女を受け継いだ者は言いました。
光明の魔女とまで言われた彼女は皮肉にも、 最後まで光明の光が射さなかったと。