有卦振舞  1.求婚






有卦振舞それは、幸運にめぐり合った時の祝宴









「結婚してくれ」



母と父が逝ってからというもの神社の跡取りとして頑張り数年、 年頃になった私は、結婚しなければならぬ状況になった。
私にとって結婚自体はさして興味もなく、重要ではないが周りはそうでない様だ。
結婚こそ重要とばかりに会えば自分の子を進めてくる分家の者。
自分の子と結婚させてこの神社を乗っ取ろうという魂胆が見栄見栄で、 おべっかばかりの会話も白々しい。
そんな分家の者達も私がまともに取り合わないのに痺れを切らしのか、 最近ではあの手この手と手の込んだことをしてくるようになった。
いい加減面倒になった私は奥の手として、婿養子を貰う事にしたが此処で問題が生じた。


私の目的はずばり神社を受け継ぐ為の子孫、強い力を持った子を成す事。
一族では一族内で結婚するのが当たり前なのだが、 いかせん現在強い力を持った者は私一人。
力に固執するなとよく言われるが、同等以上の力を持った者でなければ呑み込まれてしまうのだ。
巫女として如何かと思うが、私は取り憑かれていた。
何時憑かれたのか定かではないが、少なくとも五歳になる前から恐ろしい夢を見続けている。
雀宮神社の姫巫女としての私の名、紅姫と呼びこっちへと手招きする女。
あの呼び声に答えてしまえば、連れて逝かれると分かってしまうぐらい恐ろしい声と形相。
怨みを買う覚えもないく祓おうにも、 私の力浄化する力をまるで吸収するかの様吸い取っていく。
今ではもう祓うのは諦めてしまっている。
いや、本音を言えば声に応えなければ害はないと無理やり割り切っているだけである。
本家の女達が短命なのはこの女のせいではないかと思うが、 お祖母様からもお母様からもそんな話は聞かなかった。


どちらにしろ、私達本家の女達は早期結婚し子供を生み死んで逝く。
私も今年で16才。
早々に死ぬ気はなく、100才までしぶとく生きるつもりではあるが、 私として子供をなすのに早いに越したことはない。
それらを考慮し、 他家の者を婿養子として迎え入れる事に妾が無理やり権力で押し通した。
故に、妾に反発するものや嫌味を言うものは後を絶たない。
だが私と同等以上の力とそれなりの家柄というと、幅は狭く中々見つからなかった。
背に腹はかえられない、家同士は犬猿の仲だが一宮神社の秋殿が一番条件にあっている。
年は20才とちょっと年上だが、まあ許容範囲だろう。



決まれば善は急げとばかりに一宮に押しかけたが神主殿、 秋殿の父君は突然にも関らずにこにこと温かく迎え入れてくれた。
どうやら敵視しているのは我が一族、雀宮だけの様だ。
私もいがみ合うのは止めよといつも言い聞かせているが、年寄りは頑固で頭が固くていけない。
若い私がいくら言っても聞きやしない。
例えそれが一族の長であってもだ。



穏やかな父君だが目の奥は鋭く光っているのを見、 その子供達もきっと抜け目ないだろうなと思っていたのだが・・・何とも可愛らしい。
私としてはもうちょっとまじめで硬いかと思っていたのだが。
そんなこんなでぼーとしている彼を一目見て、 頭を過ぎったのはもうこれは是非お持ち帰りしなくてはという事だった。
そして最初の一言目にが

「結婚してくれ」

だった。こういう者には直球が一番だと思ったのだ。

「けっこん?・・結婚??・・・うんいいよ」

了承してくれたのは嬉しいが、何か最初に疑問詞が入ってなかったか。
しかも思いっきり、首を傾げてたぞ。
結婚の意味知らないのかお前は。
見た目クールで冷たい感じなのにこの口調・・・ミスマッチ。
けど何だか可愛いらしいく、頭を撫でたくなるな。
うむ、私の好みにドンピシャリだ。

「直球かよ!!!しかも初めて会ってプロボーズするか!?てか兄貴!!結婚て言う意味分かってないだろ!」

この激しいツッコミをしている妾と同じぐらいの男の子は秋殿の弟君らしい。
私は結婚相手の秋殿しか調べてこなかった故、 詳しくは分からないがこの子も可愛らしくおっとりした様な外見と裏腹に、 ノリツッコミ体質の様だ。
あれは意外と体力がいるし、疲れるんじゃ。
さっきの一言で苦労しているのだろうと伺える。
その原因に私も含まれているがな。

「うん。分かってる。夫婦になるって事だろう。ずっと一緒・・・」
「そうだけど、その場合婿養子になるんだぞ!」
「婿養子・・・いい響きだ」
「は?」

この微妙に噛み合わない会話が面白い。
だがもうそろそろ私も会話に入れて欲しい。
このままだと話が進まないと思うのは私だけか。
と考えつつも暢気にお茶を啜る。
意図して出た音ではなかったが、 結果として二人の意識をこちらに向けるのに役に立った。

「紹介が遅れた、私は雀宮茜と申す」

自己紹介し終わっても秋殿はぼーとするばかりで喋り始めない。
ため息を吐き弟君は二人分の紹介してくれた。

「こっちにいるのが茜・・・さん」
「茜でいいぞ」
「分かった。俺は一宮巴。 巴なんて女みたいな名前大嫌いだけど、苗字は兄貴と被るしな。 う〜ん。ま、好きに呼んでくれ」
「巴と言う名、いい名だと思うがな。巴って呼んじゃ駄目か?」

上目遣いで見上げる茜。 心なしか頬が赤くなる巴を見て、面白くなさそうに頬を膨らませる秋がいた。

「しょ、しょうがないな。巴でもいいよ」
「ありがとう」
「で、このぽやぽやしているのが一宮長男、秋。 俺の兄貴でこの通り超天然。 そのおかげで俺は何時も大変なんだ。 フォローや後始末、全部俺のところにくるんだよな。 でも兄貴が婿養子に入れば・・・開放される!? 茜、頑張!」

私にとって後始末やフォローやらは主として日女茶飯事で慣れている故、 頑張る程ではないのだがそれを言うのは余りに酷だろう。
それにしてもぼーとしながらも私を凝視し、膨れる秋の姿は何とも可愛らしい。

「うむ、外見が外見だ。天然さんだとは予想もしてなかったな。 だがそこが可愛い。可愛ければ苦労も何のその!」
「・・・違う」

茜の可愛いと言う言葉に嬉しそうにしながら、突然前置きもなしに喋りだす秋。

「兄貴いきなり何だよ。ちゃんと空気読めよな」
「前会った時と違う」
「・・・は?初対面じゃないのかよ。いつ会ったんだ?」
「ちゃんとは会ってない。三歳になるかならないぐらいの頃?に遠くから見たんだ」

三歳頃?覚えてないな。

「三歳?成長してるんだから、前と違って当たり前だろ。小さい頃と今を比べるなよ!」
「そうじゃなくて」
「もしかして影武者のことか?」
「影武者!?」

そこは驚く所なのだろうか。
秋殿は秋殿でふるふると首を横に振っている。
一々動作が可愛い奴目。
これは私の贔屓目なだろうか。

「巴、何驚いてるんだ?影武者ぐらい普通だろ」
「常識だぞ」
「可笑しいだろう。常識的に考えても普通の家にはいないから!」
「いや、普通の家とは違うんだが・・・」
「巴、俺達の家だってたぶん違う。 それに父上にも影武者いるぞ。 何時も父上と一緒にいる伊波がそうだ」
「あーはいはい、そうでしたね。俺にはあんまり関係ないから忘れていましたよ。 って、え!?伊波が親父の影武者!!!? し、知らなかった・・・もしかして知らなかったのは俺だけ?」
「うん、言ってなかったか?」

不思議そうにする秋に対して、 ははは、親父も兄貴も暢気でいて天然だからなと乾いた笑いが事の他部屋に響いた。
にしても関係ないとは、神社の仕事をしていないということだろうか。
元々秋殿は跡継ぎではないと聞いていたから、弟の巴が継ぐはずとばかり思っていたが、 私が秋殿を婿養子に貰った後は如何するのだろうか。

「言ってなかったけど俺の下に弟がいるから、そいつが一宮の跡取り。
今神社で仕事してるはずだせ」

ああ、二人を足して割った様なあの可愛い子か。
確かに雰囲気が、二人より神主にあっているな。
力も秋殿に劣ると言えども神主としては申し分ない。
屋敷に来る際にチラリと見えた姿を思い出し、目を和ませる。
ふと現実に戻り、秋を見て冷静に分析をする。
反対に秋殿は力はあるが、あの性格では一人で神主をやっていけないだろう。
まあ、婿養子に貰ったら私がきっちりと躾けるとして、 心配は雀宮の一族がこの天然さんについてこれるかだ。
ああ、気の弱い瀬理は話がかみ合わなくて泣き付いてくるのが目に見えるな。

「影武者も違うと思う・・・喋り方?が違う??可愛」
「・・・もしかして一人称か?確かに何時もは“妾”と言っておるが、 爺婆がもっと今時の言葉を使えと煩いのだ。 それにしても可愛いか?」

秋殿の感性がよく分からなぬ。

「いや俺に聞かれても」
「可愛い!!」

可愛いと言われるのは嬉しいが、頬を染めて興奮気味な秋殿の方が数倍可愛いぞ。

「俺の名前も呼び捨てで呼んで」
「秋」
「うん!!」
「では改めて、一宮秋結婚してくれぬか」
「はい!」
「うわ〜逆転プロボーズ。しかも兄貴が尻尾振ってる様に見える」

巴が何やらぼやいているが妾達には最早聞こえなかった。

唯々神社を守れればいいと思っていたが、 こんな可愛い奴と結婚することになるとはな思いもしなかった。
彼が妾の事や一族の事を知って、逃げていかないことを祈る。



禍を転じて福となす