inconsolabile -貴方に会いたくて-  (boys sid)



僕は一人の女性を亡くしました。


とてもとても大切な人で、僕の心の支えでした。


ですが愛していたかと聞かれると、今でもよく分かりません。


それもそのはず、僕たちが会ったのはたった3度だけだったのですから。


僕はもう一度貴方に会ってこの気持ちを確かめようと思っていたのです。


今となっては後の祭り、もう二度と確かめることは出来ない。


この中途半端な僕の気持ちは如何したらいいのでしょうか。






僕の日課は近くのカフェで本を読みながらコーヒーを飲む事です。
今日も何時ものカフェに行き、お馴染みの席に座っていまいした。
本をパラパラと捲っていると女性が僕の目の前を通りました。
綺麗な人だなと眺めていると、あろう事か女性は転んでしまいました。
生憎今日は雨で床が濡れており、ヒールが滑ったのでしょう。
女性には優しくという両親の教育の賜物で、ほっとけなかった僕は尽かさず

「大丈夫ですか」

と声をかけたましたが返事がありません。
不思議に思い顔を覗いてみると、痛いのを我慢している様な表情で、 ふと足を見ると膝が擦り切れていました。
丁度持っていた絆創膏を取り出し

「すいません。ハンカチはさっき使ってしまったので、良かったら此れを使って下さい」

差し出すと彼女はやっと顔を上げ、すまなそうにお礼を言いました。


それからというもの何気なく周りを見渡すようになりました。 今考えると彼女を探していたのかもしれません。


数日後、彼女を見つけました。
たまたまなのでしょうか、今日も雨でした。
そして今日も彼女は僕の目の前で転びました。 僕のところからは見えませんでしたが、今日は足元に何かが落ちていたようです。
今回も見るに見かねて声をかけました。
彼女は恥かしそうに、此間の事も合わせて丁寧ねお礼を言ってきました。

「いえ、困っている人がいれば助けるのが常識ですよ」

当たり前の事をしたまでですと言いましたが、 彼女は転んでも助けてくれない人は大勢います、 本当にありがとう御座いましたと言うのです。
僕としてはたいした事をしたつもりはないのですが、 そこまで言われると何だがくすぐったく照れくさくなりました。
彼女は現代には珍しい律儀な女性で、誰かに似ていると漠然と思ったのでした。


次の日、連日で彼女に会えました。
今回は僕の目の前で転んだわけでもなく唯目が合っただけでしたが、 彼女はにっこりと微笑み丁寧にお辞儀をしてくれました。
僕も微笑みながらお辞儀したのですがその後、中々彼女から目が離せませんでした。
意識してではなく、自然と彼女を目で追っていたようです。

気づけば今日も雨で、彼女と会う日は何時も雨のような気がします。


実家にいる母から久々に連絡がありました。
話は母が再婚すると言う事でした。
母は父が死んでからも頑なに他の男性から求婚を拒んでいましたが、 僕は求婚にも答えてもいいんじゃないかと思っていました。
母がいつも父を思って夜な夜な泣いているを知っていましたし、 僕を此処まで一人で育ててくれた母には笑っていて欲しかった僕は喜んで祝福しました。
母はよかったと安堵し、それと相手にも娘がいて綺麗な人なのよとはしゃいでました。
子供は僕一人、男しかいなかったので娘が出来るのが嬉しいのでしょう。
今すぐ写真を持っていくからね、といつも物静かな母が僕も吃驚の行動力を見せたのです。


ですが一番吃驚したのは、その写真の人です。
お姉さんはあのカフェで会った女性でした。
あの気になって仕方なかった彼女が僕のお姉さんになると聞いた瞬間、 とても嬉しくそれでいて恐ろしく複雑な思いでした。
弟なんていらないと言われたらと思うと不安になる一方でした。
如何してか僕は彼女に拒絶されたくなかったのです。
彼女は僕を何て思うだろう、何と呼ぶだろうと彼女の事ばかり思っていました。

何時しか彼女は受験で憔悴していた僕の心の支えになっていたのです。


彼女とその父親と会う事になっていたあの日は、土砂降りで前が見えないぐらいでした。

当日僕は柄にもなくソワソワして落ち着きがありませんでした。
そんな僕を見て母も苦笑。
ですがいくら待っても彼女は来ません。
やっぱり再婚反対だったのだろうか、 それとも僕の事が嫌だったのだろうかと悶々と考えてしまいました。

突然静かなこの場所に響いた着信音。


もう二度と僕達は会う事はありませんでした。


激しい雨のせいで前が見えなかったトラックが歩道に突っ込んできたそうです。
彼女は其処にいた子犬を庇い即死。
会えると思っていたのに逝ってしまった彼女。


何が何だか分からず情けない事に僕は倒れ、起きた時には既に葬式も終わっていたのです。


今思うと彼女は母に似ていた気がします。
でもちゃんと彼女の顔が思い出せないのです。



貴方に会いたい



僕の心には遣る瀬無い思いで一杯です。